「2人ならラーメンに行けるのに」会食恐怖傾向の私が抱える矛盾

※SADに関する記述は個人の体験に基づくもので、診断については専門医に相談してください

こんばんは、会食恐怖傾向のこさとです。

わざわざ”傾向”というワードを選んだのは、私の具体的な診断名が『会食恐怖症』ではないからです。しかし、”会食”が苦手であることは事実で、その苦手の程度も予定の数日前から大きなストレスで実際に体調を壊すこともあるほどです。診断名が『会食恐怖症』でなくとも似たような心因反応を起こす人は多いのではないでしょうか。

以前にも飲み会が苦手であるという記事を書きました。

現在の職場は比較的、イベント的な会食は少ないですが休憩時間に人と被ることによって、同室、対面で食事をするしかないのが少々ストレスではあります。しかし業務内でのストレスはほとんどないので現在の職場で私という従業員が抱えているストレスは『食事』なのです。

会食のなにが嫌なのか?言語化してみる。

回避を徹底していても避けきれない場面もありますよね。私の場合は比較的軽度かつ表向きは明るい人間なので、周囲の期待や状況に応じて、「なにがイヤなのか?」を明確にするために思い切って参加してみたことがあるのです。

大人数での食事は会話がメインとなります。そして「座っている」ことが求められます。座っているということは、つまり逃げられない状況なわけです。そして目の前の”圧”です。相手と面と向かって食事を摂ることがほぼ強制です。そこで食べなければ「もっと食え」「なんで食べないんだ」となることは明らかですよね。

すぐに立ち上がって居酒屋を出て行くことは物理的には可能ですが、心理的にはほぼ無理です。その状況において、自分にとって不利な話題や興味のない話題を聞かされてしまったときに私が考えていることは、「興味ないな」「答えに困るな」を通り越して「興味ないことがバレていないだろうか」「適切に相槌を打つことができているだろうか」「表情の微細な変化から内心がバレていないだろうか」と自分が見透かされていないかどうかなのです。興味がない話を聞いて適当に相槌を打って、上司であれば上司を持ち上げることも瞬間的にはできてしまいます。ただ、継続していると自意識過剰になってしまうのです。

自意識過剰になってしまう理由は、不安であり、不安にはどこかしら原因となった出来事があるはずですが、必ずしも一つではなくチリツモ的に繰り返された結果でもあると思っています。予期不安という言葉がありますが、簡単にいえば「また嫌な出来事が起こるのではないか?」といった不安のことを指します。
つまり、過去の会食や飲み会で嫌な出来事が何度かあった、という人がこの症状を持つ人の大半だと思います。

一気に書いてしまいましたので、簡単にまとめると

目の前に『圧』があって、そこから『逃げられない』状況で、自分にとって『嫌』な話をされた経験がトラウマ。ということになります。

そこに「うるさいのが苦手」「人に興味がない」「そもそも偏食である」などの属性が加わったりすると、余計食事へのハードルは高まるのではないでしょうか。

会食恐怖が例外化されるケース

「お前この前(同期)とラーメン言ってたよな?」と前職の上司に言われたことがあります。私ももちろん、「会食恐怖です」とは言っておらず遠回しに大勢や関係性の浅い人との食事が苦手という程度しか伝えていなかったので、このツッコミは何も間違っていません。

当時すでに会食が苦手ではありましたが、その同期とは何回か一緒に食事に行ったことがあるのです。そこで気づいたことは「慣れ親しんでいる」かつ「2人である」ことです。会食恐怖は字面で解釈すると、『会食』に恐怖すると取れますが、具体的な診断名の一例に『社交不安障害』があるように本質は対人恐怖なのです。対人恐怖傾向を持っていても家族や親友との食事は困難ではないこともあります。

深夜に同期と2人で、別々の車で移動してラーメン屋で一杯食べるだけ。なら私は困難ではなかったのです。

なのでそのツッコミには「2人なら平気です」「大勢が苦手で」と返しましたが、その上司には「関係ないだろ(笑)」と言われてしまいました。

会食を避けることによって被る不利益

最初の会社を退職して、二社目以降は会社の飲み会の類には一切顔を出していません。

「帰って資格試験の勉強がしたい」
「予定がある」

などといって適当にはぐらかしていますが、それなりの不利益はあると思っています。

やはりどんな業態においても「仲がいい」ことは業務の円滑化につながり、離職防止などメリットは多数あります。以前の記事でもお話ししたように、飲み会は普段の関係性の延長線上にあるもので、さっきまで会社で話せなかった話をする場ともいえますよね。飲み会に限らず、休憩時間などいつも他人と喋って過ごしている人はやはり、情報については強いです。誰はどこの大学出身だ、誰は身内に不幸があったから何日に休みである。など、人間関係の解像度を一つ上げる情報を持っているのです。人間関係の解像度が明瞭になればどうなるか??読む空気の数が増えるのです。読む空気の数が増えれば、会話のネタも増えますし、気遣いの質も向上しますが、同時に処理しなければならない情報が増え、知らなければなんでもなかったような状況が、知りすぎた故に自分の精神を蝕むような環境ともなり得るわけです。すべての情報が自分にとって有益というわけでもないのです。

このサブタイトルの『会食を避けることによって被る不利益』について、私は会食や飲み会によって有益な話を得たこともありませんし、不参加による不利益も被ったことは、実はこれまでにおいてありません。飲み会に参加するから優遇、参加しないから冷遇。なんて理屈は普通の会社であれば通りませんし、それが事実なら退職代行からの労基案件ですからね。

雑記

Posted by こざと