飲み会が嫌いな理由は飲み会の外にもあったという話。
こんにちは、青舟です。
今年も忘年会シーズンがやってまいりました。私の職場でも忘年会が予定されていて、参加するかどうか悩んでいるところです。
というのも私自身、飲み会が嫌いなのです。
お酒自体は好きなのに『居酒屋で』『対面で』『大勢で』の食事が死ぬほど苦手で、予定された段階から気分が悪くなって極端な気分に支配されてしまうほど。
昨今の若者は飲みニケーションを避ける、もしくは飲みニケーションの減少に伴って年長側が遠慮しているのに、若手は上司との飲みニケーションを望んでいる。と語られていますが、実際のところ世代で語れるほど『飲み会』に対する考え方は一様ではないのです。
伝統的にはお酒の入った状態で同じ鍋をつついて親睦を深める、腹を割って話すことでお互いの信頼を深めることが目的とされています。会社の規模に関わらず、創業から長い会社でよくみられる飲み会がこんな感じでしょうか。特に”目的”なども設けずに慣習としての行事を経ることがその会社においてのライフステージの一部と化しているのです。
それに対して飲み会に消極的な若手のステレオタイプの主張は「お金を使いたくない」「自分の時間を大切にするため」といったコスパ・タイパ面が大きく、先述のような伝統的な社会の年長者からすると「自分はそうやって出世してきたのに」「薄情なやつだ」と感じられてしまうのだと思います。
私が飲み会嫌いの一人として、この風潮を見る中でコスパタイパ的な理由には今ひとつ共感できませんでした。飲み会が嫌いとは言いつつもお金が、時間が、とせっかく誘ってくれた人に対して言うことができませんし、心の中でも思っていないのです。ただ、行かない理由を明確にしなければならない時に、大勢が使う決まり文句のうち「家族の用事が」と言う程度です。
コスパ・タイパ以外のアンチ飲み会理由
私自身、職場では意識的に壁を作って振る舞ってしまっているので、お互い酒が入ることにより私の化けの皮がどんどん剥がれていくことは恐れていますね。かなり自己開示を抑えているいまの環境では趣味嗜好や生活パターンや家族構成みたいな部分からすべてが化けの皮で包まれています。
冒頭で、居酒屋で、対面で、大勢で、の食事が死ぬほど苦手と述べた通り、社交不安障害(以下、SAD)の症状そのものであり、不眠の症状で心療内科を訪れたところアッサリとSADの診断を受けたことがあります。
ちなみにこのSADは知名度の低さと限定的な場面で発症することが多いため、症状があるから病院に行こうとはなりにくい疾患だと言われています。SADの対処が確実にQOLの改善に役に立つのにも関わらず、本人すらも全く気づいていない場合すらあるのです。
つまり、「何かを言い訳にして飲み会を避け続けている」人がもしかしたら、トラウマや何かをきっかけに飲み会に抵抗を感じているが故に、本人の望まない不利益を被っている可能性があるということです。
私の場合は、飲み会に限った話ではなく満員電車や会議室などでも同様のストレス源であるため、”お酒”はほとんど争点ではないことがわかりますね。
「週末の忘年会、来ませんか?」
こう言われたときに自分の中で動く感情は、反発ではなく嬉しさと悲しみでした。
この人は自分のことを飲み会に誘ってくれている。←これは間違いなく嬉しい。
次に私が想像したのは、飲み会で話題が続くかどうか?行くとしたら何を着て行くか?
意外にも断り文句を考えたのはその次のことだったのです。どのように断ってしまっても相手には申し訳ないなと思いつつです。
根はお酒が好きなので、楽しく飲み食いして次の日からまた楽しく働けることを望んでいるのです。
コミュニケーションは避けて通れないもの
意外と世の中はコミュ障だらけです。会社にいる無愛想なおじさん(←話しかけても最後まで聞こえてるかわからない)、忙しなく甲高い声で鳴き続けるおばさん(←カラス除けは効くのだろうか)は現代的な基準からいえばコミュ障なはずですが、おじさんは権力、おばさんは在籍年数で誤魔化しているだけです。同年代の若者でも意外とレスポンスがみんな遅いし、リズミカルな会話は基本的に仲間内や属性の近いもの同士で行われているものです。これらの人たちを今はコミュ障と呼んでますが、実際に仕事では皆さん正確にホウレンソウをこなしているわけですよね。
カジュアルなコミュニケーション能力と、ビジネス面でのコミュニケーション能力を切り分けて考えた時に、後者は新人教育やビジネススキルの向上の過程で身につけていくものですが、前者は個人の資質に依存している部分が大きいです。
そしてこの記事の主題であるカジュアルなコミュニケーション能力の定義は、カジュアルなコミュニケーションの場において適切な言動を指したいのですが、正解がありません。そのような場の流れはカンパイから一本締めに向かって、ただ流れていくだけなのです。
飲み会にストレスを感じる人の中には、この流れの中で自分がどう位置しているのか?何を感じているのか?と不安に思っている人がいるんじゃないでしょうか。参加した場合、参加したからには椅子に座っている必要があって、一杯くらいは生ジョッキを頼みますよね。その間に周りが盛り上がっていて、自分が取り残されているとしたら、どう自分の中で気持ちに対処するのか?
もし自分だけが年少である場合には相槌を打ちながら愛想笑いをする時間になりますし、逆なら「若いのが楽しんどる」でいいわけです。
しかし、そういうふうに割り切れない場合は、飲みの場に限らず、職場でもすでに似たような構造に対して自分が似たような感情を抱いている可能性が高いのです。
なので、飲み会でチョケた楽しみ方をしたいのであれば、普段からチョケたコミュニケーションの準備をしておくことが必要ですし、酒が入ったからといってキャラを変えてしまうのも酒に頼っているように見えてみっともないのです。
飲み会を楽しめるようになるために
こんなことをつらつらと書いてしまいましたが、私は現在の職場ではずっと笑っていて、ずっと喋っている方です。なのに飲み会にはなぜか来ないおかしなポジションにいるのですが…。
今回のポイントは自己開示を増やして、カジュアルなコミュニケーションを容易にすることだと思います。無駄にプライドが高いんですよね。何かしら評価されてしまう属性は最初から開示というスタンスは、ミステリアスさもあって(本人は望んでいない)悪くはないのですが、それが自分自身を苦しめてしまうのであれば変えていくべきなのです。自己開示をしてもっと人と話して、コミュニティに馴染んで、ある程度はワガママに振る舞う。イジる側に回ること。
仕事は働く場だからといって日常とキャラを分けすぎずに、公私のギャップを埋めていくことが自分にとっては大事なのかなと思いました。
じゃあ、次の飲み会はいく?
おそらく行かない。が、押されたら行ってみるのもいいかもしれないし、行けば楽しいのもわかっているので、やむを得ず参加させられる機会を待とうと思います。
では。

